福井で生まれ、現在も福井に住んでいる宮下さん。子供の頃、読書感想文を書くのは得意ではなかったと言います。ただし作文を書くのはとても好きで、いつも書きたいことがたくさんあったそうです。でもそれを職業にしたいと思っていたわけではなく、大学卒業後は、県外の企業に就職しました。その後結婚して、家事や子育てに専念し、それが自分の仕事だと思っていました。 人生の転機は、３人目のお子様を妊娠中に訪れました。小説を書いてみたところ、書いていることが楽しかったのと同時に達成感があったので、せっかくだから応募してみようと思ったそうです。そして出産後に応募した作品「静かな雨」が、第98回文學界新人賞の佳作に選ばれました。

そこから作家としての生活が始まりました。３人の子育てとの両立はとても大変で、地元福井で子育てをしたいという思いから、2005年に家族とともに福井へ帰りました。執筆できるのはお子様達が寝ている時間だけですが、それでも、楽しいからどんなに寝不足でも書いていたそうです。また、福井は地元なので知っている人が多く、子供を育てやすい環境だと言います。 これまで福井で育ててもらったので、ここで仕事をし、生きていきたい。福井で生活し、書きたいものが書けて、子供達を育てることができて幸せ。こう宮下さんは話します。そして10年後も楽しく元気に書いていきたいから、今後は系統立てて勉強し、書くものがもっと豊かになるようにと、夢を馳せます。 （写真は、いつも仕事をしている場所です。）

2016年4月12日、第13回本屋大賞を受賞した「羊と鋼の森」（文藝春秋刊）。本屋大賞とは、「全国書店員が選んだいちばん！売りたい本」であり、その中で「羊と鋼の森」は最も多くの支持を集め、2016年の第１位に輝きました。宮下さんにとっても「大切な、大好きな物語」である作品です。 またこの作品は他にも、2015年にブランチブックアワード大賞を受賞し、2016年には第154回直木三十五賞候補、キノベス！2016 第１位に選ばれています。 宮下さん自身、本屋大賞受賞はとても驚いたそうですが、これまでずっと応援してくれていた本屋さんに、やっと恩返しができると、嬉しく思ったそうです。

「羊と鋼の森」の中で、宮下さんのお気に入りの一文は、「僕の中にもきっと森が育っていた」。最後の最後に付け足した一文で、この一文が書けてとてもよかったと話します。主人公は森に育てられたと思ってきたけれど、実は自分の中にあったんだ、自分の中の森を育てていたんだと、書いていて気がついたそうです。 もう一つのお気に入りは、 『「ピアノで食べていこうなんて思ってない」 和音は言った。 「ピアノを食べて生きていくんだよ」』 登場人物がちゃんとここで生きていると分かった瞬間です。この一文を書いたときに、これは自分の言葉ではなく登場人物が言った言葉だと思ったそうです。自分にない言葉を登場人物が発してくれたときが嬉しいと言います。

小説を書くときは、パソコンで入力した原稿をプリントアウトし、それに赤字で手を入れて推敲する作業を何回も繰り返します。推敲することがとても楽しいという宮下さん。直していくうち、自分が好きなものにどんどん近づいていくことに喜びを感じるそうです。 また、書き進めていって、最後にたどりついたところを結末にするのが、宮下さん流の小説の書き方。「羊と鋼の森」については、もっと話が進んでいくことも考えられたそうで、もしかすると続編が描かれる日が来るかもしれませんね。